ログイン状態

2011年10月15日

フィジー(ディナー)

7:30 食事と言われたが、

皆、6時ころから、皆が起き出すし、

目が覚めたので、起きる。


買い置きが無くなったので、

飯を炊いて、日本食になった。

卵焼きと、いわしの缶詰の食事。


この艇は、交代で、

食事、

片付け

Watch

・・・の輪番制らしい。


食事のあとは、

今回の「南太平洋大集合」の予定、参加人数の周知が行われた。


明日は、

こちらの日本人とか、

ここに集合した4杯のヨットで、マスケットコーブに行く。


11時前、

近くの港から、一人で移動してきた浜田さん、

Maverick2が入港して

4艇が集まった。


それから、

飲んだり、裏話を聞いたり過ごしている。



遠くで、

雷が鳴り、雨がつけてきた。

ヨットの中は、振り込まない様に、ハッチを閉めたので、

蒸し暑くなってきた。


この艇は、エアコンがあるので、

エアコンを起動してくれた。

助かる。


私の電話は、皆に使われることが多いので、

本来のお友達に電話をする。

買ってすぐに電話した後では、2度目である。


18:00

宴会は、中華料理屋(Shen Hong)で、

今日からが正式の「南太平洋大集合」である。

ヨットの4艇(Harmony6影虎SeagullMaverick2)と、

私の様に日本から駆けつけた8名

フィジー在住の日本人夫妻

英語留学中の6人の女性

・・・が集まった。




宴会は、その後も2次会で、

Atsushiさんのシェラトンにお邪魔して、

高倉さんのTerrassにより、

艇に戻った!


PS


風と旅人(世界一周)

2011.10.15 at Nadi

http://harmonyvi.exblog.jp/17009157/


PS


---------- 転送メッセージ ----------

日付: 2011年10月23日8:51

件名: [REPORT from HARMONY VI] DAY837 (day5 at Port Denarau Marina) : Late Report 2/3

2011-10-15 2000(LT) 1700(JST)

17 46.27S, 177 22.91E

Openning dinner of Fiji Meeting 2011

フィジー大集合2011が始まった。

ホン・シェンというチャイニーズレストランでオープニングディナーだ。

24名の参加だ。

SS

posted by Ala.Yacht at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マーベリック2

今回の「南太平洋大集合」に集合する4艇の、

最後のMaverick2 (シングルハンド:一人で乗っている))が到着した。


濱田さん"Hanmmer"




彼は、ヨットの世界では、

ヨットマンの勲章

Cape Horn(南米の最南端)を回ってきたケープホーナーである。


世界的にも、

ケープホーナーは、一目置かれる。


ケープホーンは、

吠える40度線を遮る、

南米の端、

浅くて、波が立ちやすく、

暴風雨で有名なところだ。


無線機(Icom)が使えないと言うので見たが、

SWR無限大で、?

よって、PowerはZero。

ANTは、

佐賀電子のZeppで、

もう一本のZeppも、状況は同じ。


測定器を何も持って来なかったので、原因を切り分けられない。


PS


ここへのアクセスが多いのは、以下のせいかも。

よって、引用する。


景虎

DUFOUR 325・・・より。

http://blog.goo.ne.jp/n_kagetora/e/cd549a3c3139faf9ddd2618655fa9bd6


※ショッキングな情報が入る。サモア、フィジーでミーティングした
マーベリックが御蔵島辺りで座礁したそうだ。

幸いにも濱田さんは無事だった様だが船体は放棄された様だ。ホーン岬航海した船なのに残念!!

http://yui.at/diary2/scr3_diarys.cgi?action=article&year=2012&month=2&day=16&cat=4621mikura


今日のみくらしま桟橋

〜桟橋日記〜

そういえば昨日、南郷沖で釣りをしていた三宅島の漁船から電話があり

「南郷あたりでヨットが座礁している!人もいるようだ!!」との連絡が。


ビックリして駐在所や役場に連絡。


八丈から単身ヨットで北上していた方が、南風にあおられ13日の未明に座礁していたようです。

幸い命に別状は無いとのことでしたが、衰弱されていて歩ける状態ではなく、

あと1日発見が遅れていたら危なかったと聞きました。

海上保安庁のヘリコプターで都内の病院へ直行したようです。

無事だったようなので、掲載しまーす。

2012年2月16日(木) No.1181


PS


私は、42年?前、

一人で、深夜、御蔵島を回航した。

(ヨットを独学で始めて、14ヶ月目)

御蔵島のブランケットで、風がなく、時間がかかってしまった。

岸ぎりぎりを通ったが、深夜のこと、何も見えなかった。

そのころ、加藤登紀子さんの「帰りたい、帰れない」という歌がはやっていた。


その後、三宅島を出て、36時間後、

大島の岡田港に、着いた。


とても小さな5mJOGという艇でした。

posted by Ala.Yacht at 09:42| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。